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名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)597号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

住友化学工業株式会社

右代表者

長谷川周重

右訴訟代理人

松本正一

外二名

被控訴人(附帯控訴人)

田中英教

右訴訟代理人

伊神喜弘

外二名

主文

本件控訴及び附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し金三〇万円及びこれに対する昭和四七年八月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一・第二審(附帯控訴を含む)を通じ四分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

当裁判所の認定した事実は、次のとおり付加訂正するほか、原判決理由説示一及び二のとおりであるから、ここにこれを引用する。〈中略〉

次に、当裁判所も控訴会社が被控訴人に対し、一時間の休憩時間を与えるべき債務につき、本旨にしたがつた履行をしなかつたと認めるものであるが、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由説示三(但し、原判決一七枚目表三行目まで)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

原判決一五枚目表末行三の次に「そこで控訴会社の休憩時間を適法に付与していた旨の主張について検討する。」を加える。

同一七枚目表四行から六行までを削除し、次のとおり加える。

「もつとも、前認定の事実関係からすると、例えば一勤の場合、一一時三〇分から一二時までの間に交替で一五分の食事時間を与え、それに続く一二時から一三時までの一般交替勤務者の休憩時間帯にあたる一時間については、定常的作業を行なわせないよう配慮していたことは明らかであるが、前叙のような操炉班の勤務の実態からすれば、一五分間の食事時間はともかく、右一二時から一三時までの一時間を含め、控訴会社のいう非実働時間三時間半については、その間事実上休息をとり得たものとしても、それはいわゆる手待時間と認めるべきものであるから、結局、前記協約・規則等で定める一時間の休憩時間が、その趣旨にそつて完全に与えられていたとはとうてい認められない。このように被控訴人ら操炉班員に対する休憩時間は、その時間の指定が明確を欠いていたうえ、実質それに相当する時間帯においても、控訴会社の労務指揮のもとに身体・自由を半ば拘束された状態にあつたものであるから、この意味において控訴会社が操炉班員に与えたとする休憩時間は不完全であり、休憩を与える債務の不完全な履行であると解するのが相当である。」

そこで被控訴人の損害賠償の請求について検討するに、叙上説示のとおり、被控訴人は協約・規則等に定める一時間の休憩を完全な形で与えられず、それにより控訴会社の労働指揮下に身体・自由を半ば拘束され、身体上、精神上の不利益を蒙つたことは肯認できるが、被控訴人がその主張のように勤務一時間に対応する労働賃金相当額の損害を蒙つたものと認めることはできない。けだし、休憩時間は、労働契約上定められた一勤務八時間の中の一時間であり(この時間を労働者である被控訴人が他の勤務に振替えて稼働できる性質のものでないことは明らかである。)前記のように半ば拘束状態にあつたにしても、その時間帯に完全に控訴会社の労働に服したというものでもないのであるから、被控訴人の前記身体上・精神上の不利益は、勤務一時間あたりの労働の対価相当額に換算或は見積ることはできないものというほかはない。

したがつて、債務不履行を理由とする被控訴人の賃金相当額の損害賠償請求は、失当として排斥を免れない。

しかしながら、慰藉料請求の点については、前認定のとおり、使用者の労務指揮権から離れ、自由にその時間をすごすことにより肉体的・精神的疲労の回復を計るべく設けられた休憩時間の付与が債務の本旨にしたがつてなされず、被控訴人の身体・自由といつた法益について侵害があつたと認められる以上、これにより被控訴人が精神的損害を蒙つたと認めうることは多言を要しない。

しかして、前認定の本件操炉現場における職場環境からみて、班員の休憩の必要性は他の職場に比しより高いものがあると考えられること、右職場環境について漸次改善がなされたことがうかがえるとはいえ、控訴会社の右債務不履行が相当期間継続したこと、他面操炉班では比較的待機時間が長く、その間事実上休息をとることができたと認めうること、その他諸般の事情を総合考慮すると、被控訴人の蒙つた精神的損害を金額に換算すれば、その額は三〇万円をもつて相当とするものと認められる。〈以下、省略〉

(村上悦雄 深田源次 上野精)

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